【特別寄稿第9弾】想い出通りだったインスブルック!

honest152006-04-27

4月13日から17日まで、名古屋からフランクフルト経由で
オーストリアインスブルックへ行ってきました。
オーストリアといえば、誰もが一度は聞いたことがあると
思います ”モーツァルト”の生まれた国で、
今年は250歳の誕生日を迎えて
彼の国は一層の脚光と観光客を集めているようです。
ただインスブルック滞在中では、特にモーツァルトの生誕250年
をたたえてお祭りをしているようなことは目にしませんでした。
祝福イベントはウィーンやザルツブルクの方なんでしょうね。



インスブルックの位置は、北はミュンヘン(ドイツ)、南はヴェネチア等(イタリア)、
西はチューリッヒ(スイス)、東にはザルツブルグ・ウィーンに通じる場所にあり、
アルプスの東西南北を結ぶ十字路となっています。言語はドイツ語。
1964年と1976年の2回、冬季オリンピックが開催された町としても有名で、
町の中心から見ることができ存在感ある「ジャンプ台」は、当時ここで行われた
競技が今まさに再開するような錯覚をおこさせます。



今回なぜ僕はインスブルックへ行ったのか?、といいますと
ドイツ語の習得でもなければ、
アイネ・クライネ・ナハト・ムジークを本国で聞くため!というわけでもなく、
またオリンピック跡地の再利用・再開発の見学でもなく、
約10年前にここへ来たときの記憶が最近やけに想い出され
「小さな町とその周りをアルプスに囲まれたとても美しいところだったなあ、
もう一度見てみたいなあ」という思いが強くなり行ってきた、
というのが正直なところです。



短い滞在でしたが2日間は晴天に恵まれてやはり想い出通りだった小さな美しい町に
つかの間の至福の時間を堪能しました。
ここはチロル地方であり雪深いというイメージがあるため
4月といえども厚着をして行きましたが、今冬名古屋や地元で大雪を
経験した身には、名古屋の3月くらいの気温という感じでした
(僕の地元は多治見です)。それほど寒くはありませんでした。



泊まった宿は、神童と呼ばれたころのモーツアルトが父親のレオポルドと
イタリア旅行の途中に泊まった1465年開業の”ヴァイセス・クロイツ”です。
30室ほどの客室を持ち、館内は「木」の調度品・備品が多用してあって
部屋のシャワーのお湯もきちんと出ました!。
朝食も数種類のハム製品をはじめ新鮮な乳製品、フルーツがあってて満足でした。
約240年前同じ宿にモーツアルトが泊まったことに思いをはせ、
夢で会えたら!と思いながら過ごしました
(実際は深酒と二日酔いでモーツアルトの「モ」の字も見ることはありませんでしたが)



ウィーンやザルツブルグほど飛行機の便は良くありませんがチロルの自然と、
マリア・テレジア女史といった歴史に名を残す偉人たちが生きた歴史ある町
インスブルック」へ一度足を運んでください!。



※滞在中、宿の朝食でゆで卵を自分で作りました。生卵が置いてあり電気ポット様の
「ゆで卵製造機版」調理器に卵を入れて約8分待つのですが、2日目の朝、2個setして
8分後に取りに行ったら「無い」では有りませんか!!。
悔しくて悔しくて周りを眺め回しましたら、あきらかに新婚旅行という日本人が
卵を食べていました。
(宿のスタッフがゆで卵のsetをしてくれると思っていたようです)
何も言えずまたsetし直しました。約10分の損!。
悲しいかな、このことが強く残りました。
小さな町に感動したことと、小さな「アクシデント」が思い出になった旅でした。