ナイトスクールへ
16夜の一昨日、大学へ。
普通は朝の授業だけど、生徒の都合で夜に変更。
6時からの授業へ歩く構内は、静かで暗い。
落ち葉の上を歩いて行く。
夜空は、満月のあくる日。
ほぼ真ん丸の月が、元気に輝いてる。
夜の大学の雰囲気も、中々いい。
授業が始まる。
今日は、もう一人の社会人学生のレポーティング。
テーマは「反合意体としての都市」
えらく難しく、わかりにくい。
都市が合意を得るための手法を示してるのかなー?
合意を得るための手法として、二つの考え方を示している。
一つは、コミュニケーション的合意主義。
もう一つは、多元主義。
両方とも、合意は妥協で成り立つという事を前提としている。
まあ国、自治体が何かしたいときは、委員会を作り、議論し考え方をまとめ、
その案を市民公開し、公聴し、まとめるというプロセスをとる。
意見を聞いて、最初の方針を変える場合もあるが、大体変えない。
プロセスを経たから、当初の方針でいいだろうという事が多い。
長良川河口堰の議論でも、結局最初の方針通り押し切られた。
国交省は、何がなんでも作るというスタンス。
反対派は、技術論と論理で説いたが、両者の議論はかみ合わなかった。
同じ土壌の上での、議論から合意というプロセスは、行われていない。
卑近な例でも、道の名前を、知らない内に変えている。
空襲にあった岐阜市の駅前大通。
終戦直後は、”平和通り”と名前を変えた。
戦前は、”凱旋通り”。
それが、今では”金華橋通り”、要は橋の名前で、統一しようと、
長良橋通り、忠節橋通り、と便利さ中心で名前を変えてしまった。
折角”凱旋”から”平和”という敗戦と平和を歴史的に考えれる名前を放擲してしまった。
機能中心の町づくりでは、心の襞が揺れ動かない。
無味乾燥の名前変更。
こういった変更は、市民の合意が要る筈なのに、
合意のプロセスは見えなかった。
合意プロセスに参加していかないと、勝手な世界が作られていってしまう。
そんな議論を、夜の大学で議論していた。
それにしても月は、世界中同じに見える。
貴重な存在だ。